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2008/06/02 (Mon) お別れ

仲良くしてもらった。
死ぬことの難しさを教えてもらった。

最期は胃にチューブをつけて、喉に呼吸器をつけて、そして肺炎と腎不全で亡くなった。
一か月前まで意識はしっかりしていて、
『どうして、手術したのだ!』と怒ったり、チューブを抜こうとしたのだそうだ。

家族からみたら困った患者かもしれないけど、本人は手術も望んでいなかったのだし、ましてや呼吸器だけは嫌だったのだ。

もっとも望まない死に方を受け入れるしかないまま、

パンパンに膨らんだ熱い身体がポンプみたいに上下に動かされていた。

アケビの花やスミレや桃の花を眺めながら死ぬ覚悟だったのにね。
梅雨入り間近の病院で、死んだ後の相談に忙しい親族のために、時間を作ってあげていたの?

苦しみから開放されて良かったね。

マダム。

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お祖母さまも、お辛かったでしょうね。
数日前、終末の選択を元気な間に医師と一緒に選ぶというニュースを見ました。はやく、一般的になったらいいですよね。

亡くなる過程を目の当たりにすると
自分の生き方をも、問われているような気持ちに私もなりました。

2008/06/03 22:25 | myy [ 編集 ]


 

マダム、とうとう行ってしまわれたんですね・・・。
寂しくなりますね・・・。

私も呼吸器をつけた祖母がかわいそうでなりませんでした。亡くなったときはほんとによかったねと思いました。
祖母はすごくやさしくて立派な人だったのに、死に方は選べないんだとしみじみ思った数年前。

歳をとって、身近な人の死を看取ったりし、「死」がどんどん身近に感じられ、自分の「死」についてもときどき考えるようになりました。
そして、「生き方」もこのままじゃだめだな・・・と。

2008/06/03 10:45 | kijimuna [ 編集 ]


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